落ち着いて初めて、『あの時』の言葉の意味を知った。 思い出話と甘い林檎 「酷いよね。」 ぶすっとした口調で落とされたシアの呟きに、ベットサイドで林檎をむいていたリュートが顔を上げた。 「は?何がですか?」 GOGからこちらへ帰ってきて再会したリュートは大学生らしい格好をした普通のおにいさんだったが、思いの外器用なタイプだったらしい。 綺麗にむけている林檎を持ったままのリュートをシアは半眼で見つめて言った。 「酷いと思うわけよ。」 「だから言葉が圧倒的に足りていませんよ。」 小さく肩をすくめながらリュートはむけたばかりの林檎をフォークにさしてシアの唇に押しつけた。 子どもの口を塞ぐような色気のない仕草だったけれど、好きな人にされるとなるとちょっとばかり刺激的な行動にシアはさっと頬を染める。 「リ、リュート!」 「行き成り訳もわからず酷いなどとと決めつけられた反撃にしては可愛いものだと思いますが?」 「うっ・・・・。」 下手すると慇懃無礼ギリギリの上から目線な発言に、シアは言葉に詰まって、とりあえず口に押しつけられている林檎をフォークごとリュートの手から奪い取った。 「そのまま食べてくれても良かったんですが。」 「そ!そういう発言は心臓に悪いから禁止です!」 思わず叫んでしまってから、シアはしまったと思ったがもう時遅し。 見ればリュートがなんとか笑いを堪えている姿が目に入って、悔し紛れに林檎を囓った。 とても甘いのがなんだか憎らしい。 ひとしきりシャクシャクしていたら、やっと笑いが収まったらしいリュートがこちらを向いた。 「それで何が酷いんですか?」 「・・・・説明するのもちょっと悔しくなってきた。」 「人に暴言を吐いておいてそれははないでしょう。管理人さん。」 にっこりとどこか背筋が寒くなるような笑みを浮かべられて、シアは林檎の欠片を飲み込むと、はあ、とため息をついた。 なんで恨み言を言うつもりが、こんな脅されているような気分になるんだろうか。 (こうなったら言わなきゃ損。) えーい、言ってやる!とばかりにシアはまだ自由になりきらない身体を起こして精一杯、怒ってますというポーズをつくるとつんっと顔を背けた。 「リュートがGOGに帰ってきた時の事!」 「GOGに・・・・ああ、騎士っぽかったでしょう?」 「そりゃもう・・・・って、そうじゃなくてその後!」 思わぬ侵入者に襲われていた所へ物語の騎士さながらに現れたリュートの姿を思い出して、思わずほわっと緩みかけた頬をシアは慌てて引き締めた。 問題はあの場面ではなくその後だ。 「いつまでもはいられない、なんて言うから私またリュートがいなくなっちゃうって思ったのに・・・・」 死んでしまったとばかり思っていたリュートが変わりない姿で現れた時、ただ喜ぶシアにリュートは「ずっとここにはいられない」というような事を言ったのだ。 その時、胸を襲った寂しさや切なさを思い出してシアは顔をしかめる。 あの時はリュートが生きて目の前にいる夢の様な現実が、また夢になってしまったらどうしようかと、そんな怖さに身が竦んだ。 ―― のだが、GOGから帰還して欠如していた記憶やら情報やらを補充された結果、ふとシアは気が付いたのだ。 GOGで一度『死んだ』リュートは、現実世界に戻ってきて5ヶ月の間に事件の全貌を知らされたはずだ。 すなわち再びGOGに現れた時には・・・・。 「ああ、その時の事ですか。意外に気づくのが遅かったですね。」 さらりとそう言ったリュートの口元に悪戯っぽい笑みが浮かんだ事をシアは見逃さなかった。 疑惑はそして確信へ。 「やっぱり、あの時は全部わかってたのね!?でもって、『ここにはいられない』の『ここ』ってGOGの事だったんでしょ!?」 だからあんな風に二度と消えることはないと太鼓判を押せたのだ。 「まあ、そういう事です。」 「やっぱり酷い〜!」 「ああ、それでそこへつながるわけですね。」 納得したように頷くリュートのすました顔が腹が立つことこの上ない。 「だってそうでしょ!?わかってたなら説明してくれればよかったのに!」 「そうですね、別にそうしても構わなかったんですが・・・・。」 中途半端な所で途切れた言葉の続きをシアは感じ取った。 「『言わない方が面白そうだったし』とか続くんでしょ。どうせ。」 「随分と屈折した受け取り方をしますね。」 「からかわれてたって知って喜ぶ奴なんていないわよ。」 「・・・・まあ、そういう気持ちが無かったと言えば嘘になるでしょうけど。」 「ほら!」 やっぱり酷い!と半眼で睨んでくるシアに、リュートは肩をすくめて言った。 「だってそうでしょう?俺には5ヶ月もブランクがあったわけですから。少しぐらい特別に想われてるって見たいじゃないですか。」 「!」 予想外のリュートの言葉に目を丸くするシアの視線の先で、リュートは「もっとも」と少しバツが悪そうな顔で続けた。 「そのつもりで、返り討ちにあったようなものですが。」 「へ?」 (返り討ち?) 今度は身に覚えのない単語にきょとんっとする。 思い返してみても、あの時は一方的に自分が寂しくなったりドキドキさせられたりしただけで、別にリュートの方にはダメージなどなかったと思うのだけれど。 そんなシアを見つめて、リュートは小さくため息をついた。 「まあ。貴女は無自覚なんでしょうけど。」 「??どういう事?」 ますますわからない、と首をかしげるシアにリュートは林檎を置いて軽く手を拭うと、座っていたベットサイドの椅子からベットのふちへ座り直した。 「リュート?」 近づいた距離に警告でもするようにシアの心臓はドキドキと早鐘を打ち出す。 同じ高さに座ったせいで少し上から見下ろす視線に絡め取られるような錯覚を起こした。 (くっ!なんでこう、リュートは・・・・無駄にかっこいいかな!) 口に出して言ったなら、悪口になっていませんよと笑われそうな事をシアが心の中で悔しげに呟いていると、その無駄にかっこいい顔がふわりとゆるんだ。 シアの大好きな自然で優しい笑顔に。 途端に一際大きくなる鼓動で固まってしまうシアに、リュートは笑顔に少しだけ困ったような色を添えて言ったのだ。 「あんなに可愛い顔をされるとは思っていなかったので、正直、あの場で手を出さないようにするのに苦労しました。」 「・・・・・・・・・へ」 間抜けな声、を絵に描いたような声を出してぽかんっとシアはリュートを見つめた。 ほとんど意味を理解していない状態のシアにリュートは言葉を重ねていく。 「可愛かったですよ。驚くか寂しそうな顔はされるだろうなと思っていましたが、泣きそうな顔をされるとは思ってなかったので、俺は予想以上に好かれているみたいだと実感できました。」 「泣・・・え!?私、そんな顔してた!?」 「どこにも行かないで欲しい、側にいて欲しい・・・・言葉にすればそんな感じですね。」 「う、うわ〜・・・・」 (それって心の中、駄々漏れじゃない。) まさにあの時思っていた事そのままを具現化されて、シアは頭を抱えたくなった。 もっとも、伸びてきたリュートの手に頬を包まれて実際にはできなかったけれど。 「リュ・・・・」 リュート、と唇が紡ぐより先にふさがれる。 軽く触れたと思ったら、ぺろりと唇を舐められてぞくっとした感覚が背中を伝う。 その拍子にゆるんだ唇から、舌が滑り込まされて。 「ぅん!・・・・ん・・・・・・」 零れてしまう吐息すら掬うように甘く深く重ねられて目眩がした。 「・・・はっ」 離れた瞬間、思わず大きく息を吸ってしまったシアに、至近距離にいたリュートが口の端を上げて笑う。 「林檎の味がしました。」 「そ、そりゃ・・・・食べたばっかり、だし。」 言ってから猛烈に恥ずかしくなった。 今まで誰かと食べたものの味を共有する事になるなんて考えた事もなかったのに。 「〜〜〜〜、待つって言ったのに。」 恥ずかしさのあまりに恨みがましい口調になってしまう。 もっともそんな事は。 「密猟ぐらいはするかも、と言いましたよ。」 涼しい顔でそう答えるリュートには筒抜けなのだろうが。 (ぐ、勝てない・・・・) どことなく悔しい気がしてそう呻いても、結局は心の大半を覆った幸福感には叶わなくて。 「・・・・やっぱり酷い。」 「は?」 「だって、あの時は何も知らなかったからこんな未来があるなんて思い描くことさえできなかったんだよ?リュートの事、好きで、やっと夢みたいに格好良く帰ってきたのに、いつかは離れなくちゃいけないのかと思って苦しかったんだから。」 「・・・・・・」 「リュートが死んじゃってから何を見ても心の奥に引っかかって辛くて、いつかまたそういう思いをするのかな、とかさ・・・・むぐっ!」 ぶつぶつと訴えていたシアの唇に今度は色気もそっけもなく行き成り林檎が押しつけられた。 驚いて見上げれば、あらぬ方向を向いて口元を手で押さえたリュートがいつの間にとったのか摘んだ林檎を押しつけていて。 「リュート?」 「・・・・とりあえず、それでも食べてください。」 「は?」 「いいから。・・・・本当に貴女はサプライズを仕込んできますよね。」 はああ、と大きくため息をつくリュートの手からとりあえず言われた通り林檎を受け取って食べてみる。 (サプライズ・・・・サプライズ。なんだっけ、『ぐっとくる』?) 甘い林檎がなんだか余計に甘く感じたシアを見て、リュートは手を伸ばす。 そしてシアの髪を指先で少しすくい取って遊びながら。 「だから、もう一度ぐらい密猟してもいいですよね?」 この林檎がなくなったら。 そう言って悪戯っぽく笑うリュートにトクンって心が白旗を揚げる音を聞いて、シアは小さく笑った。 「しょうがないから、今度は8cm縮めてくれるなら、目を瞑ってあげる。」 〜 END 〜 |